face isahaya1月号(vol.245)
諫早表紙【撮影場所】諫早公園


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諫早市街地の中心にある緑豊かな場所で、戦国時代に築かれた高城跡(諫早城址)が公園となっている。すべての山が国指定天然記念物「諫早市城山暖地性樹叢(いさはやししろやまだんちせいじゅそう)」に覆われる。山腹のつつじは、大正時代に諫早市民のボランティアにより植えられ、毎春、花見客で賑わう。園内にある眼鏡橋は、天保10年(1839年)に当時の諫早領主・領民が永久不壊の願いを込めて、それまで大きな橋がなかった本明川に架けた石造りのアーチ橋。諫早大水害の後に公園内に移設された。



↓(諫早観光物産コンベンション協会HPより)↓
【諫早城址山城】・・・戦国時代、伊佐早地方(諫早市)を初めて統一した西郷尚善は、町にある小高い山に城を築きました。山の北側は本明川を天然の堀とし、南側の絶壁の下には、空堀や土塁を造り二重三重にも守りを固めました。そのお城は、山の地形を巧みに利用した山城でした。その山城は高城と呼ばれ、別名、亀城とも呼ばれました。その後、天正15年(1587)豊臣秀吉の命令に従わなかった4代目西郷信尚は、龍造寺家晴(初代諫早家)に攻められて高城を追い出されます。それからは諫早家の高城になるが、江戸時代になると幕府から「一国一城令」が出され、高城は姿を消しました。

■住所:長崎県諫早市高城町772
■お問い合わせ先
tel:0957-22-8325

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詳細は「face諫早1月号」参照ください
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